反歴史の必要性とは

産経新聞、2014年6月6日付、9面記事
記事タイトル:天安門批判で中国「日本に言う権利なし」

  中国外務省の洪磊報道官は5日の記者会見で、天安門事件から25年を

迎えた中国に人権尊重を求めた菅義偉官房長官の発言について、

日本軍国主義の歴史を持ち出して「日本には中国の人権状況について

とやかく言う権利はない」と反論した。


 共同通信社の配信した、この記事にあなたは、いかなる感慨を

持ちますか? 

現時点で既に70年以上前の史実をめぐって、争う前に考えてみるべきです。

もし、中国人報道官の武器に用いたのが、本当に 「正しい歴史認識」ならば、

これに決して反論すべきではないとする理屈は、当を得ているでしょうか。

いつになったら「とやかく言う権利」が、発生するのでしょう。

中国共産党、もしくは中国の有権者の都合が良くなった時でしょうか。

これでは、「歴史認識の悪用にすぎない」とでも言いたくなりませんか?

上に摘録したのは 「正しい歴史認識」 なるものが、政治利用された

典型として、挙げてみた事例です。

人によっては、「私はなにもしてないのに!」 のような思いが、

湧いてもきましょう。

さて、かえりみて、そもそも 「歴史」 とはなにを指す言葉なのでしょうか?

我ながら、愚かな問いかけと言ってよいのかもしれません。

その証拠に、日本史学者の論旨を掘り起こしてみました。

なお、もしあなたが今回は長い拙文にお疲れとならば、

途中はスルーして、末尾の二つの段落のみに、

お目通し頂くだけで、筆者はそれだけで満足です。


山本博文『歴史をつかむ技法』新潮新書、新潮社、2013年
pp245-246

 歴史学は、過去に起こったことを史料によって確定し、

それぞれの因果関係を考える学問です。



 山本氏の記された文章においては、あらたまって定義される

必要もありません。

定義されることで、有効な知見が提起されるのは、「歴史学」 という

学問分野についてです。

そして、「歴史」 とは 「過去に起こったこと」 なのは、読者の方々の

ご納得頂けるところ、という前提から、私の所論は成り立っています。

言葉の言い換えはありえても、「過去に起こったこと」 なる結論と

並び立たたない筋合いは、決してないはずなのです。

ところが、異議を唱えられた、著名な世界史学者

(かつ日本古代史にも造詣が深い)が、かつておられました。

2017年5月25日に逝去された、岡田英弘氏に他なりません。



岡田英弘『世界史の誕生』ちくまライブラリー、筑摩書房、1992年
p20:ちくま文庫版 p32

 歴史とは何か。

普通、「歴史」と言うと、過去に起こった事柄の記録だと思いがちである。

しかし、これは間違いで、歴史は単なる過去の記録ではない。

 歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも

一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、

説明し、叙述する営みのことである。




 私たちの日常生活で使われる「歴史」なる単語は、実のところ

多義的な概念で、「歴史認識」の短縮形としての用法も否定できません。

しかしなぜ、こんなに詳しく「歴史」なるものを、定義付けしなければ

ならないのか? 

それなのになぜ、「歴史」 と「歴史認識」 との区別が立てられないのか?

ずばり、過大評価のための印象操作に他ならず、読者を煙に

巻くためのものでしょう。

意識的か無意識的かはともかく、「歴史」 なるものを、日常的用法と

違った定義で遇すれば、過大評価を目指した「論理のアクロバット」が、

より自然体に見えてくる訳です。



p21:ちくま文庫版 pp32-33

 ここでは先ず、歴史は人間の住む世界にかかわるものだ、

ということが大事である。人間のいないところには、歴史はありえない。

「人類の発生以前の地球の歴史」 とか、「銀河系が出来るまでの

宇宙の歴史」 とかいうのは、地球や宇宙を一人の人間になぞらえて、

人間ならば歴史に当たるだろうというものを比喩として 「歴史」 と呼んで

いるだけで、こういうものは歴史ではない。


 当該の 「歴史」 が、学問の 「歴史学」 の対象になりえるか否か、

というだけなのに。

p20の抜粋文をそのまま受け継いだのが、このp21の抜粋文であり、

なんとp26まで、何が歴史で、何が歴史でないか、延々と読者を

付き合わせる岡田節のウンチクが、語られ続けますし、また、

失礼ながらハッタリは、p26までに留まりません。

見ようによっては穴だらけの大風呂敷の眼前に広がっていくさまを、

不当な印象操作が伴われたマジック仕立てによる本書の色々な叙述で、

読者は見せ付けられるのです。

見すごせない記述をこれより下記に、紹介してみましょう。



p21:ちくま文庫版 p33

全く一個人の体験の範囲内にとどまる叙述は、せいぜいが日記か

体験談であって、とうてい歴史とは呼べない。<後略>



「全く一個人の体験の範囲内にとどまる」 歴史など、「個人史」 なり

「個人の歴史」 なりと、すなおに受けとめればよいだけです。

また残念ながら、せっかく 「歴史の定義付け」 に挑みながら、

「歴史」 と 「歴史認識」 とを混同させた叙述は、既に指摘したものであり、

もはや改めて、本論で指摘はいたしません。

これより、「歴史」 という名称を借りた 「歴史認識」 の過大評価がもたらす、

世界各地の文明の歴史に関する認識の偏りをば、p26からのの記述で

確かめてみましょう。 



p26:ちくま文庫版 p38

西アフリカのブルキナファソのモシ族には文字がないが、王家の由来を

語り伝えることを代々世襲の職業とする人々がいて、宮廷の儀式の場で、

歴代の王の事蹟を一言一句変えることなく朗誦する。これも記録を

残そうという意志の表れであり、やはり一つの文化である。ただし口頭伝承

だけでは歴史は成立しない。暦と文字の両方があって、初めて歴史という

文化
が可能になる。



「歴史という文化」 なるものが持ち上げられるあまり、ここに示されたのは、

率直に申しあげれば、特定の人間集団への 「たんなる差別」 でしかない

認識です。

モシ族の人たちが守っきてたのもまた、「歴史認識」 のあり方の一つでは

ありませんか。

それほど目立たないものの、彼らを見下した眼差しを実感せざるをえません。

さて、次の段落では、「歴史のない文明――インド文明」 という小見出しを、

摘録文の中に入れて、岡田氏の熱弁は続きます。


p26:ちくま文庫版 pp38-39

 歴史は文化である。そしてこの歴史という文化は、世界中のどの文明にも

あるものではない。世界の多くの文明の中には、歴史という文化要素を

持った文明と、持たない文明がある。実を言うと、歴史のある文明よりも、

歴史のない文明の方が、はるかに数が多い。

 世界広しといえども、自前の歴史文化を持っている文明は、地中海文明と、

中国文明の二つだけである。

 もともと歴史というもののない文明の代表は、インド文明である。<後略>


「歴史認識」 を重視するかどうか、の違いをすりかえた文章なのは、

読者の方々が既に、私の説明を付さなくても、分かっておられるところでしょう。

インド文明が、「歴史というもののない文明」 という、不思議な状態に

陥ってしまった理由は、p26から飛んで、p29の文章において、

説明されています。



p29:ちくま文庫版 p41

 インド文明には都市があり、王権があり、文字があったのだから、

歴史も成立してよさそうなものである。それなのに、歴史という文化が

インドについに生まれなかったのはなぜか。この謎を解く鍵は、

インド人の宗教にある。



特定の文明に 「歴史」 がないとされる理由もまた、岡田史観にあっては、

文明を分類する基準とされます。特異な、というよりも、間違った 「歴史」 の

定義付けが可能にするのは、価値無き比較 「文明」 論です。 



p30:ちくま文庫版 p42

 さて、歴史のない文明は、インド文明だけではない。アメリカ大陸の

二つの大文明、メソアメリカのマヤ文明と、南アメリカのアンデス文明は、

どちらも歴史のない文明である。



同じような事が、繰り返し手を変え品を変え、性懲りも無く起きています。

マヤ文明にも、アンデス文明にも、時の流れに応じた「歴史」は

備わっていたでしょうし、かつての住民たちに、内容はどうであれ、

それなりの「歴史認識」が欠けていたはずもありません。



p32:ちくま文庫版 p44

 たとえば日本文明には、六六八年の建国の当初から立派な歴史があるが、

これは歴史のある中国文明から分かれて独立したものだからである。

 またチベット文明は、歴史のないインド文明から分かれたにもかかわらず、

建国の王ソンツェンガンポの治世の六三五年からあとの毎年の事件を記録

した 『編年紀』 が残っており、立派に歴史がある。これはチベットが、唐帝国

の対抗文明であり、唐帝国が歴史のある中国文明だったからである。



「歴史のある中国文明」 から 「分かれて独立」 しようが、「唐帝国の対抗

文明」 だろうが、それと 「歴史」 の有無とを絡める事に、なんの建設的な

意義が認められるのでしょうか?

奇妙な定義付けから端を発する、「歴史」 なるものの過大評価から距離を

置いて眺めると、パルプ資源の無駄遣いでしかありません。



p35:ちくま文庫版 pp47-48

 それでも、もともと歴史のなかった文明は、歴史文化を採用しても、

その歴史は力の弱いものになる。第一次世界大戦後の二十世紀の

世界の情勢は、帝国主義と民族主義の対立、資本主義と社会主義の対立、

民主主義と全体主義の対立が絡みあっていたと、よく言われる。しかし

このうちのどれ一つ、本質的な対立ではない。現代の世界での本当の

対立
は、歴史のある文明と歴史のない文明の対立である。


「現代の世界での本当の対立」 なるものは、岡田史観のロジックを

借りれば、いかようにも、でっちあげられます。

「AKB48やそれに類するグループを、市場として受け入れた文明」 か

否かなど、読者の方々もご自由に、色々と想像の羽根を広げてみてください。

また、「歴史のある文明と歴史のない文明」 のいずれについても、

「歴史」 なるものを軸にした、何らかの同盟を締結した例もありません。

さらに、さまざまな文明を対象として描き出した、この世界史論議には、

科学技術の重要性もまったく考慮されていません。

そもそも 「文明」 の定義付けが、岡田史観では欠けているのです。

妙な思い込みに、初っ端から引きづられた、比較 「文明」 論が

繰り広げられる岡田史観の所論、というよりも、まともな定義が

欠けたままで大胆すぎる切り口の比較「文明」論へ、疑問を抱かせない

ためにも、持ち上げられるにも程のある 「歴史という文化」 は、

どうしても必要というべきなのでしょう。

さて、本題に戻りまして、前掲書 『世界史の誕生』 の記述の摘録へと

立ち返ります。

軍事力と直接結びつく 「科学技術」 の存在が無視されている本書の記述は、

次の摘録文で、ひとつのドン詰まりを迎えます。

その後がさらに、気になられるのであれば、ご自身でご確認ください。


岡田英弘『世界史の誕生』ちくまライブラリー、筑摩書房、1992年
p36:ちくま文庫版 p48

 現代の世界の対立の構図は、歴史で武装した日本と西ヨーロッパに対して、

歴史のないアメリカ合衆国が、強大な軍事力で対抗しているというのが、

本当のところである。

 そういうわけだから、歴史のある文明に属する我々が、現在の世界を把握し、

未来の世界を予測するためには、歴史という文化の本質をしっかり理解して

おく必要がある。



1992年に出版された本書 (文庫版は1999年) では、1991年の

ソ連解体や、1989年の天安門事件による中国の窮状を受けた世界観が

提示されており、その点は2019年現在とは異なるものの、かくも奇妙

きわまる「歴史」 に囚われた世界観のおかしさは、執筆時期の問題以前の

段階で、明白でしょう。

仕掛けの種さえ分かれば、どんなに巧みなマジックであれ、酔いしれる

までもありません。

「歴史のある文明に属する」 とされる 「我々」 が、「現在の世界を把握し、

未来の世界を予測するために」、なすべきことは、たとえ 「歴史」 と

深く付き合うとしても、妙な過大評価から解き放たれた「歴史」 を知り、

「歴史のある文明」 に属する誇りなど抱かない 「我々」 の立場で、

冷静に認識することでしょう。

公平を期すために、本書 『世界史の誕生』 から離れて、著者の主張の

さらなる発展を見届けてみます。



『岡田英弘著作集① 歴史とは何か』藤原書店、2013年
所収:私の学者人生 pp367-390 (書き下ろし)
p389

 このあと論を深めて、歴史そのものを定義し直した

『歴史とはなにか』 (文春新書、二○○一)<後略>



論を深められたおかげで、岡田氏が挙げられたはずの成果について、

下記に提示してみます。ついでに、『歴史とはなにか』という書籍は、

論が深まる前の『世界史の誕生』に比べて、右曲がりの読者向けである、

政治色の濃厚さが目立ちます。



岡田英弘『歴史とはなにか』文春新書、文芸春秋、2001年
p8

 歴史とはなにか。

「歴史」と言われると、われわれはだれしも、なにか、わかったという

気がする。歴史は過去にあった事実だ、と考えるのがふつうだ。しかし、

そう考えておしまいにしないで、もう一歩踏みこんで、それでは「過去に

あった事実」というものの正体は、いったいなにか、と考えてみる。

そうすると、これがなかなか簡単には決まらない。

人によって意見や立場が違うので、過去の事実はこうだった、

いや、そうではなかったと、言い争いになりやすい。

 つまり、なにが歴史かということは、なにを歴史として認識するか

ということなのだ。

<後略>


ご自身の主張に反して、論は深まっていません。論が前にも増して、

混乱しているだけです。

せっかく 「歴史は過去にあった事実だ、と考えるのがふつうだ」 という

常識に立ち返ったのに(前掲書『世界史の誕生』では「過去に起こった

事柄の記録」とされていました)、再び、「歴史」と「歴史認識」とを

混同させてしまっては、元も子もありません。

人によって、しばしば過去の事実をめぐる認識に隔たりがあるのは

当然であり、要は正しさの度合いの差でしかありません。


p9

<前略>まったく同じ時代について、「あれはいい時代だった」と

言う人もいるし、「あれは真っ暗な悪い時代だった」と言う人もいる。



人によって、しばしば事実ばかりか価値をめぐる認識にも隔たりが

あるのは当然であり、要は正しさの度合いの差でしかありません。


pp9-10

個人の経験だけに頼って、その内側で歴史を語ろうとしても、

それは歴史にならない。歴史には、どうやら「個人の体験できる範囲を

超えたものを語る」という性質があるようだ。

 そこで、私の考えかたに従って歴史を定義してみると、

「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、

それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、

理解し、説明し、叙述する営みのことである。」(岡田英弘『世界史の誕生』

ちくま文庫、三二頁)ということになる。
ここでは、「一個人が直接体験できる

範囲を超え」 るということがだいじだ。そうでなければ、歴史をほかの人と

語り合う意味がなくなる。つまり、歴史の本質は認識で、それも個人の

範囲を超えた認識であるということだ。
 



これでは結局の所、論旨の本質は変りようがなく、

嫌気が差してきませんか?

「歴史」は一つだが、「歴史認識」は一つではない、というだけなのに。 

有意義な言葉遊びは、文芸やファンタジーの価値観に対応してはいても、

歴史学者の語る、歴史の本質をめぐる論旨に、適したものではありえません。



p16

 ここで念を押すと、直進する時間の観念と、時間を管理する技術と、

文字で記録をつくる技術と、ものごとの因果関係の思想の四つが

そろうことが、歴史が成立するための前提条件
である。言いかえれば、

こういう条件のないところには、本書で問題にしている、比喩として

使うのではない、厳密な意味の「歴史」は成立しえないということになる。

現に世界の文明のなかには、歴史という文化要素がまったくないか、

あっても弱い文明がいくらもある。


前掲書『世界史の誕生』では、簡潔にまとめられなかった、

「歴史が成立するための前提条件」 が強調されている段落を、

明記してみました。

拠って立つところが、かくも危うげでは、すでに「トンデモ本」の域へ

達しています。

次に具体例として、世界各地に展開された、さまざまな文明が

採りあげられ、文明ごとの「歴史」のありようの違いでもって

比較「文明」論が語られるまでに、かの「歴史」なるものが

持ち上げられてしまうのです。

そう、前掲書『世界史の誕生』と似たり寄ったりの議論の

焼き直しが、少しもこりずに……

あなたが割り切って楽しまれるのであれば、多数の図書館の書架へ

収まっているであろう、両書籍に挑んでみられると、よろしいでしょう。




著者:イブン=ハルドゥーン、訳者:森本公誠『歴史序説 1』全4巻、
岩波文庫、岩波書店、2001年

pp20-21

 さて、歴史学は諸々の民族や種族のあいだで、誰もが修めようと努め、

熱心に探求しようとする一つの学問である。町の庶民や名もない人々も

それを知りたがり、諸王や諸侯もそれを渇望する。

学者も無学の者も、ともに歴史を理解することができる。<後略>


つまるところ、歴史認識への固執を批判する観点からの「歴史という

もののタチの悪さ」は、ここに起因しており、人間の認識の対象として

間口が広く、取っ付きやすい、ということなのです。

イブン・ハルドゥーン (1332年~1406年) というイスラム教徒の

著名なインテリが主張していた、「学者も無学の者も、ともに歴史を

理解することができる」
という、いわゆる 「コロンブスの卵」 へ属する

真実でもって解すれば、「歴史を理解すること」 が、たとえば天才性の

証明のごとく、扱われるのはおかしなことと考えられます。

さて心機一転、優れた知性の持ち主でも、時に禁じえない、

感情のせいで歪められる価値判断により、当人の事実認識が

狂わせされる格好の事例
につき、これより順を追って説明します。



『新版 荒れ野の40年――ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年
記念演説』岩波ブックレット、岩波書店、2009年

p10:原文のルビは括弧内に表記

 戦いが終り、筆舌に尽しがたい大虐殺(ホロコースト)の全貌が

明らかになったとき、一切何も知らなかった、気配も感じなかった、

と言い張った人は余りにも多かったのであります。

 一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことは

ありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。


かつて西ドイツと称された国の、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領

(1920年~2015年) が、同国の連邦議会の議場にて否定した 「集団の罪」 は、

ユダヤ人などの大虐殺をもたらした 「ナチズム」 という全体主義の

世界観に適応した概念です。

ユダヤ人の老若男女そのものを、「罪がある」 ものと道徳的に断罪すれば、

刑事罰を与えずとも、いわば 「行政処分」 の次元での、「全員抹殺」 という

結論にたどりついて不思議ないでしょう。

国家権力をナチズムを体現する人物が動かしていた時代に生きていようが、

生きていまいが、ドイツ国民の一人一人の責任の自覚を求める、そういった

ヴァイツゼッカー大統領の思想をもし、論難するのであれば、あくまで

価値判断に先立ち、事実を明確に把握しなければなりません。

顕著な失敗例を、次に挙げてみましょう。

そう、 「優れた知性の持ち主でも、時に禁じえない、感情でもって歪められる

価値判断によって、当人の事実認識が狂わせられる格好の事例」
として、

です。



西尾幹二 『異なる悲劇 日本とドイツ』文藝春秋、1994年

p77:初出、『諸君!』文藝春秋、1993年11月号所収、
原題:ヴァイツゼッカー独大統領謝罪演説の欺瞞

ドイツ民族がユダヤ民族に行った絶滅政策を真に反省し、清算するなら、

……道徳上の論理を突きつめるなら……ドイツ民族の絶滅を容認せざるを

得ないであろう。その恐怖が 『集団の罪』 は存在しない、という必死の

自己防衛の言葉になって表れている。<後略>



見事なまでに日本の保守論壇や保守世論をミスリードしてしまった、

メガヒット言説からの摘録です。

このサイバー空間でも、来し方行く末、ドイツと祖国とが比較される

「心の古傷」 を癒し続けてくれましょう。

しかし、なにげなく発せられる西尾氏の、おそらくは感情に歪められた発想は、

形容しがたい恐ろしさを内に包んでいます。

ドイツ哲学研究者としてのキャリアを積まれた後、保守陣営の論客の立場で

世に知られるに至った西尾幹二氏の指摘は、社会人なら誰でも学識や教養、

地頭(ぢあたま)と関係なく、容易に見抜ける詭弁と解するべきです。

同じドイツ人でも、独裁的指導者のヒトラーと異なり、著名なドイツの大都市を

対象とした、たとえば 「ハンブルク大空襲」 で死んだ乳幼児は、なんら責任を

負うべき立場にありません。

米軍による東京大空襲で死んだ乳幼児も、また北朝鮮による侵略奇襲攻撃に

端を発するとはいえ、同じく米軍による平壌への空襲で死んだ乳幼児も共に、

なんの責任を負うべき立場ではありません。

しかし、西尾氏の言説にあっては、見事なまでに、この不条理が、無視され

続けています。

無視しなければ、ただちに破綻してしまう種類の所産にすぎない、

とも言えます。

しかし、見逃せないのは、戦後四十年という節目に発せられた、統一前の

西ドイツとはいえ、国際社会へ復帰して、戦後復興を成し遂げた国家の

代表である政治家の発言という事実です。

全体主義政権の犯罪を回避できなかった末に、連合国軍の占領下に

置かれた頃のドイツとは、異なる状況下に置かれているにも関わらず、

西尾幹二氏という揶揄抜きにして優れた知性の人でさえ、その使い方を

間違えて、一貫して冷静な判断ができていないまま、今日の事態に

至りました。

私は断言いたします。

ドイツの戦後処理が日本のそれと比較され続けることにまつわる 「悔しさ」

という感情が、西尾氏の言説、ならびに受け入れてしまった、日本の多くの

人々の認識を惑わせたのです。



「産経新聞」2013年3月24日付

20面:渡辺克也:ドイツ人が背負う十字架
――オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行――

 ドイツ人は皆、20世紀に2回も世界大戦を引き起こした不幸の十字架を

背負って、生まれてきます。特に1945年から今日に至るまでの歳月は、

ナチスが犯した罪の後始末のために費やされてきたと言って、過言では

ありません。

 <中略>

 22年間この国に住んで断言しますが、ドイツが同じ轍を踏むことは

絶対にあり得ません。


オーボエ奏者の渡辺克也氏が明記されたとおり、 「ドイツ人が背負う

十字架」
を歴史認識に固執しない観点から、どうか思いやってみてください。

いまだにスターリンという、残虐な独裁者への個人崇拝を十分に

克服できていない意味合いでの、「多数派のロシア人」 との比較を通じて、

「多数派のドイツ人」 への理解が必要ではありませんか?

「ドイツの過去」 と 「ロシアの現在」、どちらの方が、現在の世界にとって、

重視されるべきでしょうか?



小論の中途で、お願いいたします。わたしたち一人一人の個性を

尊重する視点を意識してください。

どんな人間集団も、最小単位は一人一人の個人に求められますし、

人間の寿命の限りあるがゆえに、その顔ぶれは時の流れに従って、

テンポは様々ながら、変わっていかざるをえません。

世界全体で、ほぼ共通すると言えるであろう100年という時間単位や、

還暦という東アジア中心の時間単位を二つ重ねた120年というそれを、

適用してみましょう。 

これだけ医療技術や栄養状態が改善された現在の日本ですら、

たとえば100年前と今とでは、当の人間集団を形成する構成員は、

ほぼ入れ代わっていると言ってよいでしょう。

ましてや、120年もの歳月が流れれば、「これとそれとは別の民族、

別の国家」 との見方すら、先に挙げた、「わたしたち一人一人の個性を

尊重する視点」 からは、立派に成り立ちえます (私は120年以上もの

長きのあいだ、生き続けたとされる人々の話は、信じない立場です)。

当該の視点を前提とするならば、論理のアクロバットを要さず、

必然的に導かれる結論ですが、なおかつ、先人から受け継がれるものを

考慮すれば、その見方が全てとは、決して考えません。

あくまで 「責任をめぐろ論議」 「責任という観点から、成立する思想」

という、限定の下での主張と解してください。

それでも、死者との精神的な交流など、真偽の確認が不可能な世界観に

囚われない限り、「今を生きる者の幸せ」 が、「死者への思い」 に

優先されて然るべきではないでしょうか。



さて、わたしたち人類の大半は、言語というツールを使って、

日常生活を営んでいます。

地球に在って、その知的に卓越した言語能力ゆえに、

他の生物とは比較を絶した文明を築き、維持してきました。

しかし、時に言語の提供する 「名 」 に対して 「実」 が十分に

一致しない、言い換えれば、認識が現実離れした 「空論」 に

陥ってしまうのも、このツールは必ずしも、上手に使いこなされて

いないからです。

抽象的な概念を多用する人々こそ、気をつけなければなりません。

そこで、長期にわたりイギリスの首相を勤めた、

マーガレット・ヒルダ・サッチャー(1925年~2013年)

の発言を紹介してみます。



And, you know, there's no such a thing as society.
There are individual men and women and there are families.

「そして、あなたはご存知ですか、社会なるものは存在しません。

存在するのは分割不可能な男と女、そして家族だけです。(拙訳)」

『Women's Own』なる女性雑誌のインタビューへサッチャー氏が応じた、

1987年の記事が出典です。



筋金入りの 「反社会主義者」 たる彼女の、面目躍如たる、

歯切れの良い主張ではあります。

しかし、私が着目するのは、後半の 「分割不可能な男と女」 や

「家族」 への言及ではなく、前半で 「社会」 という概念の抽象性を、

彼女がはしなくも、暴露したという事実に他なりません。

せいぜい世界をより精密に理解するためのツールにすぎない、

明確な実体を欠いた概念に着目してみましょう。

一人一人の立場を尊重する価値観のままに理解すれば、

それは 「社会」 であれ、さらにたとえば 「民族」 であれ、

とどのつまり、 「人間集団を分類する便宜に用いられる

フィクション」
との側面は否めないのではありませんか?

ましてや、それらの抽象的な概念をあたかも生き物のように

言語で表現するのは、人間ならではの錯覚に過ぎず、

また先に挙げた、 「ナチズムのような全体主義」 の価値観に

利するものでしょう。



このあたりで、長い駄文に、終止符を打つこととします。

私が最後に強調したいのは、 「正しい歴史認識」 よりも

「正しい現状認識」 が、重視されて当然であるという価値観の、

普遍性かつ緊急性なのです。

私が先述した、ドイツの故・ヴァイツゼッカー大統領の演説内容を

検討した箇所で、「ドイツの過去と ロシアの現在、どちらの方が、

現在の世界にとって、重視されるべき」かと、問い掛けたのを、

振り返ってみてください。

たとえ知的に秀でた人々でも、過去に囚われたままでは、

たとえば全体主義の価値観に貫かれた、北朝鮮の地で、

「質量ともに恐るべき人権侵害のまかりとおる強制収容所」 の問題の

重要性を、「慰安婦問題」 のそれと取り違えるという、失敗を犯して

しまうのではないでしょうか。

過去に完了した犯罪に関心が囚われると、現在進行形で人道に背く

事態の被害者を日々、再生産させている責任者の免責へ、暗黙のうちに

助力する羽目となりかねません。



ブログの表題に付けている 「反歴史」 とは、決して 「歴史からの

逃走」 ではなく、いわば 「民衆の役に立つ歴史」 を認識する

営みなのです。

ならば 「民衆」 とは、私自らが提起した 「人間集団を分類する便宜に

用いられるフィクション」
でしかないのか、との反問に関しては、

次回の 「反政治の必要性とは」 の記事で、対応したいと思います。






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