●「国政改革大綱試案」 に盛られた、新しい思想について

 たとえ独裁国家だからといって、

民衆が不幸と断言できません。

どんな出来のよい民主国家だって、

いつも政治に新鮮さを

味わえる訳がありません。

どうしても生じてくる、疑問や惰性に、

「民主主義」や 「自由主義」 という、

「人類の思想的営みのたどり着いた

理想」 としての思想の価値を、

目減りさせたくない目的の下、

「新しき自由民主主義」を

私が提案したという訳です。



前回記事
「憲法改正とは「現実に根ざしたロマン」! 
 国政改革大綱試案から抽出した
 第3章第1項 ――試案の概説として――」
より

>①治者と被治者との一致を意味し、

世論を直接的に反映させる手段で

実現されるべきが、多数決原理を

不可欠の手段とした民主主義
である。

>②少数派の権利を保障する意義を持つ

自由主義
の制度的担保を、

実現されるべき議会民主制の

内に組み込む。



  「民主主義」 と 「自由主義」 との実現を、

永遠の努力目標とすべく、「人間性の尊厳」

の名にかけて、「人間性の尊厳」に

結びつけて、定義しなくてはなりません。

そして、冒頭に示した、疑問や惰性という

避け難いものから、この思想を守り抜くには、

思想に込められた理想自体を可能な限り、

崇高なものと定義しなければなりません。

なればこそ、たとえば 「自由」 の定義を

「抑圧からの解放」 とみなし、それ自体を

あえて、絶対善と理解するものです。



前回記事
「憲法改正とは「現実に根ざしたロマン」! 
 国政改革大綱試案から抽出した
 第3章第1項 ――試案の概説として――」
より

>③民主主義および自由主義から、

別個に独立している政治上の

普遍的な原則、かつ共だって

追求されるべき普遍的な理想が、

責任政治主義である。

即ち、政治上の最高責任の所在と、

リーダーシップを保障するだけの権力との、

明確な一致をその中心とした原則である。


 その上での話です。

理想に過ぎる側面を否定しきれない

私の 「民主主義」 および 「自由主義」では

対処できない、現実に訪れるはずの困難を

乗り切るためにも、はじめから実現困難な

状況にも適応させるためにも、他の思想を

組み込む配慮が、要請されています。

よって、新たに 「責任政治主義」 を

提起することで、「自由民主主義」 が

もたらしうる重大な弱点の克服を期します。

民衆が政治へ関する不当な責任を

負わされたり、政治的な原因による

人間性が歪められ、ひいては人権侵害の

加害者や被害者の発生原因となったり、

もしくは為政者の統治が非効率となる事態を、

これにより回避すべきと、思慮する次第です。




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