●「清代の中国」 に関する基礎知識――現在の中国を知るために、重要な歴史について

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高島俊男 『本と中国と日本人と』
筑摩文庫、筑摩書房、2004年

p360:原文のルビは省略

中国のことをトータルに知るには、

清代について知るのが最も効率的

なのではないか、とわたしは

かねがね思っている。

  清は、秦にはじまって二千餘年つづいた

専制帝国の集大成であり、しかも時代が

近いから資料も豊富である。また、時代が

近いだけに、こんにちにつながるところも多い。

つまり、過去の中国について知るにも、

こんにちの中国について知るにも便利である。


 著名な中国文学研究者であられる

高島氏の文意に、心より賛同する次第です。

また、すでに滅亡してしまった 「清朝の歴代政権」

の立場を史料に即し、可能な限り尊重する姿勢が

大前提として、拙論の背景に存在します。

よって、中華人民共和国の公式史観はおろか、

現在の日本にも残念ながら流通している、

政治的プロパガンダとは相容れない

論旨が含まれる事実を、ご了承ください。

政治的な動機から歴史的事実を歪めず、

「歴史認識よりも現状認識を優先させる」

価値観を前提としたうえで、

中国共産党の為政者たちの政治的な宣伝へ、

有効に対抗すべきではないでしょうか。

 簡潔なる、この「事典」 は直接間接を問わず、

多数の方々の恩恵をこうむった成果であり、

感謝の表明でもあります。

最初から、順を追って読み進めていただき、

なにかしかの全体像を 「清代の中国」 に

まつわり、あなたが抱かれたのなら、

私としては満足です。



①中国人について

旗人

:清代の中国人を構成する身分にして、

 新参の中国人。

 元来、清朝政権を担う征服者の種族という

 側面を有していた。

 ただし、職業選択の自由が狭いなど、

 身分による拘束も受けている。

 満洲旗人、蒙古旗人、漢軍旗人、

 包衣旗人(皇帝直属機関の内務府に

 所属する人々と、一部の皇族に所属する

 人々とに分かれる)の順で、四つの身分に

 分かれている。

満洲
:狭義には旗人の首長である皇帝

 (満洲語では音訳される)が属する種族であり、
 
 旗人の中心的存在かつ最上位身分である

 満洲旗人を指し、広義には旗人の同義語として

 用いられる。

 清朝政権が地名として用いなかったのは、

 中国王朝としての清朝の正統性と、

 深く関わっていたからである。 

民人
:清代の中国人を構成する身分にして、

 古参の中国人。

 旗人と同じく、官界に人材を供給している。
 
 また、旗人と民人との関係について、

 「支配と被支配」 の構図のままで

 把握することは不可能である。

漢人
:民人の大多数を占める種族であり、

 民人の同義語としても用いられる。

中国
:儒教を受容した清朝政権にとり、
 
 明代の中国から受け継いだ、

 集団的自尊心と結びつく地名。
 
 文脈によっては、中国人(中国之人)と同義。

中国人(中国之人)

:本来、漢人を中心とする

 集団的アイデンティティであり、

 清代では旗人や満洲について、

 始めから「中国人」とする立場が、

 原則として清朝政権の公式見解である。

 反体制派の「中国人」は、旗人や満洲を

 蔑視する立場から、一般に否定する。

 清朝政権は、新しい「中国人の定義」を、

 権力を背景に押し付ける形で提起したものであり、

 部分的には、現在の中国共産党政権の公定思想に

 組み込まれている「中華民族」概念にも、

 受け継がれている。



②中国各地の重要地名について

北京

:旗人(満洲が中心的存在)と

 民人(漢人が大多数を占める)という、

 二大身分の中国人にとっての政治的首都。

 旗人文化の中心地。    

曲阜
:旗人と漢人、双方が共有する、山東省の聖地。

 衍聖公(えんせいこう)なる爵位を持つ、

 中国最高の名門貴族として扱われた

  「大聖人・孔子の直系子孫の家長」 や

 その多数の同族が居住し、現在では

 世界遺産の「孔府、孔廟、孔林」とを
 
 擁している、文教都市。

 衍聖公の権威を保障していた儒教世界の

 中国で並立していた各学派の内、

 清朝が前代の明朝から受け継いだ体制教学、

 朱子学の理解した程度を問われたのが、

 科挙という官僚登用試験制度であった。

江南
:江蘇省と浙江省、両省を中心とした長江下流地域。

 文化と経済の先進地域で、人口の大集積地。

 前代の明朝では、副都として位置付けていた南京を、

 事実上の中心都市とする。
 
 漢人文化の中心地であり、清朝政権や旗人文化への

 反感が残存している。
 
 江南につながる大運河によって、首都の北京へ

 食料などの重要物資を供給している。

承徳
:時代によっては熱河とも称した、南モンゴルに位置し、

 モンゴル人にとっての政治的首都。
 
 かつてモンゴル帝国の一部を構成し、

 中国を支配していた元朝の首都であった
 
 大都(清代の北京)への憧憬が、

 清朝への反感ともども残存している。

瀋陽

:正式名称は奉天。1644年、清朝政権が

 北京に遷都する以前の首都。

 遷都した後は、副都として位置付けられながら、

 戦略的かつ経済的な重要性は江南に及ばない。



③その他、重要事項について

ネルチンスク条約

:武力紛争を経て、1689年、清朝と
 
 ロシア帝国(ロマノフ王朝)との間に

 締結された二カ国間条約。

 両国の国境を画定し、後にロシアが
 
 獲得した黒竜江以北と沿海州も含めた、

 清朝の領土を規定した。

 漢文ではなく満洲語で表記された

 条約の成文では、「皇帝(漢文の音訳)」 や

  「中国(漢文の意味訳)」 の表現を用い、

 翌年、国境に設置された石碑文では、

 漢文で 「中国」 の単語を明記した。

 清朝政権が 「中国の一地域」 と

 公式に認定した地域に関して、

 清代の中国へ言及する際、

 あえて 「満洲」(現・中国東北部)の

 名称でもって扱うのは、

 意識するかしないかは別として、
 
 「中国王朝としての清朝の正統性」 を

 否定する、政治的宣伝へ組する疑いがある。

『大義覚迷録』
:1681年、中国を完全に統一した

 康熙帝の後を、1722年に継いだ

 雍正帝が、漢人の反体制派知識人を

 自ら取り調べて、論破した記録であり、

 これを出版させて、1729年、

 中国各地へ配布させた宣伝文書。

 「中国」 の定義について、唐代中国の

 著名な文人官僚、韓愈の文章を

 引用するなど、反体制派の思想の

 根絶に努めたものである。

 しかし、雍正帝以前からの

 清朝政権における 「中国」 の定義

 (清朝は終始一貫して、 政権発足の

 時点から、中国王朝とするフィクション)を

 回復させた、次代の乾隆帝により

 禁書扱いされた。

『奉天討胡檄』

:1850年、広西省において、清朝へ

 反旗をひるがえし、翌年に太平天国という

 新国家を樹立した宗教団体が、

 1852年、北進して湖南省へ侵入し、

 勢力を飛躍的に拡大させた。
 
 その地で、指導者たちのうちの

 二人の名義で発表された、宣伝文書。
 
 漢人の反清朝、反 「旗人」 、反 「満洲」 の

 情念に訴えかけるために、「中国」 の名を

 連呼しており、また種族に対する嫌悪感から、

 中国王朝たりえないと認識した清朝政権へ向け、

 罵倒の限りを尽くしたヘイト文書でもある。

国語

:清代以前では、『春秋』 や 『史記』 や

  『漢書』 などと同じく、歴史書の一つ。

 清代では、「満洲」 の母語を指す

 用法も付け加わり、その場合、

 漢語ではなく満洲語を意味する。
 
 旗人文化の中心地である北京で

 通用した漢語が清代前期の内に、

 母語としては急速に置き換わった。

 ただし、唐代中国の皇室の李氏が、

 漢人のアイデンティティを獲得する以前、

 話していた 「鮮卑人の母語、鮮卑語」 は、

 唐代の間、王朝権力による保護の対象と

 されぬまま、死語と化した史実に比べ、

 無視できぬ違いを示している。

 満洲語は完全に死滅せぬまま、

 中華民国へ受け継がれた。

南京官話
:明代の初期(15世紀前半)に北京へ

 首都が移った後も、また1644年、

 北京が清朝軍によって制圧された後も、

 清代末期へ至るまでは、常に官界で

 主流を占め続けていた、事実上の

 公用語(官話)。

 ただし、「南京官話」 とは、

 清朝滅亡後の表現である。

『紅楼夢』

:大半が清朝全盛期にあたる

 乾隆帝の治世の間に、

 二人の旗人が、一人は原作者、

 もう一人は補作者として著した、
 
 白話(口語体)長編小説。

 清代中国史を、『紅楼夢』 以前と
 
 『紅楼夢』 以後とに画するほどの、

 まばゆい存在感を放っている。
 
 日本とモンゴルではほとんど

 流行しなかったが、旗人と漢人が

 共有した文化資産であって、

 世界文学の資産とも言える。

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